20250228

25-003 姓名判断と統計と「ゼウスのバグ」

親が子につける名前。

何だの言われ続け、時代は流れ続け、キラキラネームやらシワシワネームやら戸籍法の読み仮名やら、話題となっていた。

そんな中、一部の親は相変わらず子供の名付けについて姓名判断や文字の印象に囚われている。

そこで私は考えた。

果たして、単に法的効力を持つ記番号如きにヒト個体の一生を左右する力があるのか、と。
果たして、良い名前を授かることで人生が豊かになるのか、と。

(はじめに)

この記事のオチは『検証不可能』かつ『「ドロップテーブル」操作の方が有意義』です。


(世間では)

今年5月からの改正戸籍法の施行に伴い、「名前のふりがな」が法的根拠を持つようになる。
しかしそれまで、名前の読み方は読み仮名がなく、本人さえ良ければどう読んでも良い状況だった。
日本において、名前の発音に初めて規約が設けられた瞬間である。
しかし、表記についてはそこまで制限があるようにも見えない。
そこで気になって名前を調べたのだが…

  • NN画の名前はやめましょう
  • サンズイの入った漢字は水難事故や流産を連想させるのでやめましょう
  • 季節の漢字を使うと移り気な性格の子に育つのでやめましょう
  • 親の名前の文字を子供につけると親を越えられなくなるのでやめましょう
  • 縦割れは別れを連想させるのでやめましょう(例:野村詩帆)
  • 実際の性別と逆に聞こえる名前はやめましょう

…などなど。挙げだしたらキリがない。

流石に名前だけの当て字で卑猥な読みが連想できてしまうDQNネームとかはまだしも、子供の将来を名前程度で振り回せるのだろうか。
ましてや改名手続きなど、

  • 身近に同姓同名の他人がいて支障を来す
  • 性同一性障害により、名前と身体の違和感に苦しんでいる
  • 通称名の使用期間が長い・神官僧侶としての通名を使ってきた
  • DV・ストーカー被害から逃れるために改名せざるを得ない

…といった、「他の選択肢がない」「既に社会的に認められている名前を使う」場合にしか認められない事が多い。

何なら

  • 姓名判断で悪い表記だった
程度では、認められるはずもない。

加えて姓名判断では、氏(=名字)にも判定が及ぶし、氏名(=名字+名前)の全てを総合的に判断する。
法律婚すれば夫婦のどちらかは強制的に改姓させられる(し、事実婚だと法的に守ってもらえない)。
「〇〇って名字が良いらしいから結婚する/しない」とかいうならそれは個人の勝手だが、そもそも結婚による改姓で判定が変わることなど多々あるわけで。

皆さんちと囚われすぎではないですかね?


(検証するには)

やはり統計的に処理して、大勢を見るしかない。
「占いは統計」というヒトもいるにはいるが、それならば条件が揃うか、均されるまでサンプル数を増やして考えるべきだろう。

まず画数判断だが、この時点で既に詰んでいる。
大雑把には

  • そもそも流派によって画数自体が変わる文字がある
  • 画数が同じでも、流派によって吉凶が変わる

といった具合。

  • 旧字体が存在する文字(表記通りに計算するか、旧字体として計算するか、旧字体はどの字体か、など)
  • 同じ字体でも判定が変わるもの(サンズイを4画としてカウント、など)
  • 1文字氏・名の霊数(空位に付け加える画数)を0とするか1とするか
  • かな文字の画数(「ち」が3画扱いかどうか)
など、そもそも画数という変数が一定しない。
仮に一定の流派で画数判定を統一しても、天格・人格・地格・外格・総格と5種類の判定がある。
これら5変数ベクトルが完全一致する名前が、同姓同名の漢字完全一致以外でどれだけあるだろうか?という話である。

そこに加えて、流派によって「同じ画数ですら」吉凶が派手に変わる。
ある流派で凶数とされる画数が、別の流派では吉数とされることもある。
その場合、どっちの仮定を取ればいいのか?という設定上の問題にもなる。
どのみち人文・自然科学的根拠などないので、仮に外れたとしても「〇〇が△△で云々」みたいな水掛け論にしかならないだろう。

そして表記のタブー問題。
当て字で「亜菜瑠(読み:あなる)」とかは社会常識から考えて「卑猥な名前」ということで論外として。
名前が性格や社会的地位にどれだけの影響を与えるか、という話である。
ある程度は親の育てたい通りに育つし、ある程度は子供の内面から勝手に育つ。
その「勝手に育つ」部分を名前でコントロールできるのか、という話。

表記にも画数にも共通なのは、「〇〇な字は△△に遭うから良くない」という話題については、「回避可能なリスク」と「回避不可能なリスク」に分けられる。
言い換えれば、この話題の検証には「交絡因子が多すぎる」。
交絡因子として考えられるのはこんな感じだろう↓

  • 出産前の親の状況(どのような状況の子供か、親自身の経歴、など)
  • 出産時の親の年齢(高いほど障害リスク↑)
  • 子育て中の家庭環境(年収や地域、学外活動など)
  • 育った後の子供の社会的環境(就職先など)
  • 子供の性格(内向的or外向的、インドア派orアウトドア派、陽キャor陰キャ、など)
  • 世代別ブーム(〇〇が流行ってた、など)
  • 社会制度の変遷

…こんだけ交絡因子ギガ盛りでどうやって解析しろと?

更に言えば「幸せ or NOT」の判定基準も人それぞれ、ということが拍車を掛けている。

根っからネガティブな考え方の人であればちょっとしたことでも不幸に感じるし、その裏も然り。
主観に依存するなら、どこまでもバイアスのかかった答えしか返ってこない。
なので一般に幸せ・不幸せとされるイベントを定め、そのイベントの発生率として客観的に評価する、ということが考えられる。

客観的に「幸せなイベント」の判定基準はこうなるだろうか↓

  • 年収xxx円超(合法的な方法のみによる)
  • 本人or家族が表彰

「不幸なイベント」の判定基準を設けると、それはそれで「不幸に該当するサンプル」が収集できなくなる。
具体例を挙げる↓

  • 事件や事故の被害者・犠牲者とその家族・遺族
  • 生活習慣や職業によらない、若年がん
  • 指定難病や指定感染症への罹患
  • 自殺(未遂含む)
  • 住居の火災・自然災害による被害
  • 勤務先の倒産・消滅

…と、具体的なイベントごとに定めてしまえば客観的評価は可能ではある。
しかしなお交絡因子は残るし、何より幸不幸など本人の主観でしかない。
そしてここまで書いた内容で察しがつくとは思うが、

「幸せなイベント」に対してはある程度「自分にコストを支払う」ことで起こりやすくなる。
一方で、幸せの基準があまりにも個々人で違いすぎているため、客観的に評価することは極めて困難である。
(例えば上流階級の相手との結婚は、当の本人には制約が増えるだけで不幸な出来事かもしれない。)
他方、「不幸なイベント」は生きている限り低確率ながら偶発的に発生し得るものであり、客観的な評価が比較的可能である。
しかし、その事実を「調査」程度で答えてもらえる可能性は極めて低い、デリケートな内容である。

…これではそもそもデータが取れず、統計処理もできない。

少なくとも、人間にできる芸当ではないだろう。
(各群サンプル数n=5,交絡因子の方が強力な事例が精一杯ではないか。)


(ゼウスのバグ)

そこでそのデータを全て手にするためには【全知全能の神】が居れば良い。

全知全能の神として挙げられる、ギリシャ神話の最高神 Ζεύς(ゼウス)が候補に挙がる。

ところが、全知全能の神がいるなら「最初から名前程度で一生や運勢を左右されない世界」にしてもらえば良い、という結論に至る。

つまり、問題を解決する手段のせいで、根本の問題が吹き飛ぶ。
そして、問題が吹き飛ぶ手段以外に、問題を解決できる手段が存在し得ないのだ。

そこを私は【ゼウスのバグ】と呼ぶことにした。

全知全能の神が『理想的な世界』を創るにあたっては、ヒト1個体の運勢など些細な、しかし厳密に制御できる範囲ではないか。

それ以外の手段で解決しないなら、この問題は問題として、ヒトが絶滅するまで残り続けることになる。

結論:姓名判断の検証は(少なくとも現在の、神から観測可能な干渉を受けない現実世界では)不可能

日本神話においては「全知全能の神」が存在し得ないため、『天照大神のバグ』は起こり得ない。
しかし、たかだか有限桁の数字に置換できる記号に振り回される(自身、そして家族の)人生など、あまりに虚しいではないか。

それなら、ある程度の生を謳歌しながら「ドロップテーブル」を操作したほうが余程有意義だ。

名前の由来が何であれ、世の中の「幸福の総和」が少しでも増えるように生きる方が良い。


(おわりに)

これ、中の人は理系っちゃ理系なんですけど人文系の、それも下手すっとスピ界隈に両手両足突っ込む領域の調査ってどうするんでしょうね?
データと有意差次第では「〇〇の条件を満たす母集団において」という縛りつきで検証できるかもしれないので、良かったら教えて下さると有り難いです。

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